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釈尊

教主世尊
 
人間の救われていく道である阿弥陀仏の本願を人間のことばとして説き、教示した人であるがゆえに、真宗では釈尊を「教主」として仰ぐ。
またこの世において最も尊い人であるとして「世尊」と尊称する。
 
八相(はっそう)成道(じょうどう)
 
釈尊の生涯は、「八相成道」といって、八つの相であらわされている。
その第一相は「下天(げてん)」で、兜率天(とそつてん)におられた釈尊がこの世に下って来られることであり、その生命が摩耶(まや)夫人(ぶにん)の胎内に宿るのが、第二相の「(たく)(たい)」である。
そして第三相は「
出胎(しゅったい)」で、降誕ともいい、摩耶夫人の右の脇から生まれ、七歩を歩いて、「天上天下 唯我独尊」といわれたとされる。
そのとき多くの天人が釈尊の誕生を喜び祝ったということである。
(現在日本においては4月8日を「花まつり」と称し、釈尊の誕生を祝っている。)
第四相は「出家(しゅっけ)」である。
人間の能力も、財産・地位・名誉も、老・病・死を前にしたときには、なんら意味をもたず、色あせたものとしか感じられない事実に目覚めて、出家されるのである。
第五相は「降魔(ごうま)」といい、出家から6年間の苦行を経て、種々の悪魔と対決し、それを(くだ)す。
悪魔とは自らの迷いと怖れの投影であり、その悪魔との対決は自己とのたたかいである。
その悪魔が完全に降伏したとき、つまり、覚りを得られたときが「成道(じょうどう)」であって、これを第六相とする。
第七相は「転法輪(てんぼうりん)」である。
成道のあと、覚りの内容を人々に説くことをためらっていた釈尊に、世界の主である
梵天(ぼんてん)が熱心に説法を要請した(梵天勧請(かんじょう))といわれている。
やがて、それに応じてようやく説法に立たれた釈尊は、それ以後、80歳で入滅されるまで説法をつづけられた。
その入滅は「
涅槃(ねはん)」といい、第八相とされる。
この「八相成道」の教説には、単に釈尊の生涯を順に示したものではなく、それぞれの相をとおして法が説かれているのである。
 
出世本懐(ほんがい)
 
出世本懐ということは、なにを目的としてこの世に誕生したのかという自覚を意味する。
これについて親鸞は、「如来、世に興出したまうゆえは、ただ弥陀本願海を説かんとなり」と言いきり、本願念仏の教えを説くことこそが、釈尊の出世本懐であるとしている。
如来の本願を説く釈尊の教えにふれ、その教えに帰依して生きた人々は、本願に目覚めることによって、自己の出世本懐を見出してきたのである。
インド・中国・日本と伝承されてきた仏教は、時代と民族を越えて、本願によって貫かれている。
そして、この教主世尊の教えによって本願に帰した仏弟子の代表を、親鸞は三国に出世した七人の仏者に見出し、その七人を浄土真宗の祖師と仰いだのである。
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