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第3回「出会い~お寺で恋活~」

1023日日曜日第三回「出会い~お寺で恋活~」が開催されました。男女合わせて計13名の方が参加しました。

今回は森川美代子さんにご協力いただきコンサートリーディングを行いました。コンサートリーディングは音楽と共に絵本を聞いていくものです。優しい口調で読み聞かせていく森川さんのリーディングはご自身をゆっくりと見つめ直し、振り返る大切な時間になったと思います。森川さんありがとうございました。

 立食懇親会はスタッフ手作りのイタリアンも好評でした。美味しいお酒に美味しい食事は話の助けにもなったと思います。卵サンドが好評でした。

 そして今回は一組のカップルが誕生しました。おめでとうございます。時々、近況報告などしていただけると嬉しいです!

 また、ボランティアスタッフを快く引き受けていただいたみなさん、ありがとうございました。毎回のことながらボランティアの皆さんの支えがあって開催いたしております。みんなで協力して一つのことをやっていく楽しさ、喜びを感じたそんな一日でした。今後ともお願いします!

 

 次回開催は128日土曜日18時からです。対象の年齢は35歳前後から55歳前後の男女です。参加お待ちしています。

 

佐々木健太

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平成28年 報恩講 法話ダイジェスト

今年の報恩講も西教寺から靍見美智子先生にお越しいただきました。長くお話しいただきましたが一部紹介いたします。

二つの詩を紹介していただきました。

 

「がんばれ」のうた      作 祖父江文宏

頑張れ 頑張れ 頑張れば何でも出来る

先生がそう言った 母さんがそう言った

頑張ったって 出来ないものは 出来ないけどさ

スーパーマンには なれないよ

ウルトラマンには なれないよ

でも頑張るより 仕方ない

ミミズはミミズの 頑張りかたで

ペンギンはペンギンの 頑張りかたで

軽い気持ちで やってみよう


この詩は祖父江先生が子供たちにおおらかに生きていってほしいと願いを込めて作った詩だと思います。先生も親も頑張りなさい!と言いますが実際にスーパーマンにはなれません。「あなたはあなたで良いんだよ」ということです。この言葉は阿弥陀経にも「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という言葉で教えられています。大人に頑張れ頑張れと言われ続けると子供はプレッシャーに押しつぶされそうになります。逆から言えば私たち大人が気付かぬうちにプレッシャーをかけ続けてしまうことがあるということです。

 

 「とべたらいいな」のうた

飛べたらいいな 大空を 飛べたらいいな

風にのって 飛べたらきっと

聞こえてくるよ 風が運んだおはなしが

地球に生きる生きものの 本当の言葉が聞こえるよ

心の中の余分なものを捨てて 心をつばさに変えて

風にすべてをまかせれば

きっと飛べる きっと飛べる 人も飛べる

やさしさにからだを染めて

飛べたらいいな 大空を  あーーー。


「飛べたらいいな」というのは心が解放されるということです。

「本当の言葉が聞こえるよ」はお釈迦様のさとりの内容のことです。諸行無常であったり、すべてはご縁でつながっているんだよ、といったことです。

「心の中の余分なものを捨てて」というのは三悪道の姿をしている自分に気付いてください。ということです。

※三悪道

【地獄・餓鬼・畜生】

地獄とは瞋恚の心。怒り狂って自分自身を見失い他の人の苦しみの縁となっていく姿。

餓鬼とは貪欲の心。欲望によって自分自身を見失う姿。

畜生とは愚痴の心。物事の正しいことが分からずに自分の思いによって自分自身を見失う姿。

 

 私はこの二つの詩を作った祖父江先生にとてもお世話になりました。

随分と色々なことを教わりましたがある時

「もうそろそろ安っぽい自尊心を捨てようよ」と言われました。

「もうそろそろ」と「捨てようよ」というのがとても柔らかい言葉でした。まだそんなことにこだわっているのか、という言葉なのですが、「捨てなさい!」ではなくて「捨てようよ」という優しい言葉が当時の私にはとても助かりました。あなたの生き方情けないよ。

ということを教わったそんな言葉です。私に無関心であったらこんな言葉はかけません。本当に大事にしてくれているとても有り難いお言葉でした。

 以上

 感想

生の声をお届けしたいと思うほど、楽しく温かい時間でした。途中二つの詩を住職が歌ったりと賑やかな法話でした。

安っぽい自尊心。自尊心は大事な心だと思いますが、多くの場面で他者を見下して優越感を覚えることに使われます。そういう自尊心ではなくて頑張った自分も、少し至らなかった自分も大切な自分として受け止めていく。そんな心なんだなと思いました。

 

 ダイジェスト担当 佐々木健太

平成28年秋季彼岸会法話ダイジェスト 

今回の法話は横浜別院から大滝充弘師にお越しいただきました。

 最近、日本では「私は無宗教です」と口にする人が多いですが、実は多宗教のようにも思います。お正月になれば神社に初詣に行き、春秋のお彼岸、お盆にはお墓参りに行きますし、クリスマスもそうです。口では無宗教と言いながらもこのように私たちは多くの宗教行事に慣れ親しんでいます。色々な宗教行事に触れ、楽しめる。そういった寛容な心こそが世界の宗教摩擦をなくす手助けになっていくかもしれません。ですが反対にいじめや自殺が増え大きな問題として挙げられている現在では、やはり何か信じるもの、生きていく宗となるものが必要であると感じます。

 さて、私たちの多くはお彼岸を迎えるとお墓参りに行きます。ご先祖、お世話になった方のことを思い起こし多くの縁があって今私が生かされているいのちに感謝をする。そういう大切な時間がお彼岸です。

彼岸は彼の岸と書くので向こう側ということ、つまり浄土ということです。ですので浄土の教えを聞いていく大切な時間でもあるのです。浄土は文字通り清らかな場所ということですが、それに対して私たちが住む場所を仏教では娑婆と教えます。あれも欲しい、これも欲しいと欲望が絶えることなく、自分の都合に合わなければ簡単に他人を嫌いになっていく、これを「迷っている」と教えます。そういう迷いの世界に生きる傲慢な私たちが自分自身の現実の姿に気付かされていく。私たちの現実を教える手立てとして浄土の姿を見ていくのです。文句や愚痴も多い私ではあるが多くの人の支えのもと生かされているのだな、ということを確認していく。そういった時間にしていただけたらと思います。

 

ダイジェスト担当 佐々木健太

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