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帰敬式

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平成28年7月30日 帰敬式が行われました。

写真掲載の許可をいただきましたのでご紹介いたします。 

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お二人が新たに遊林寺仏弟子となられました。おめでとうございます。
今後も一緒に真宗門徒として聞法に励み、真宗の生活を送っていきましょう。



遊林寺では帰敬式受式の相談を随時受け付けています。

帰敬式でお授けする法名は、事前にご相談の時間を設けますので、ご本人のお考えや希望の文字などお聞かせ下さい。
なお、命終の後にやむを得ず法名をお授けすることが多い今日の状況ですが、本来の意味から考えて生前に法名をいただくことが浄土真宗一門の基本と考えています。
どうぞ、ご相談ください。

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AEDを設置しました

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この度、遊林寺にAEDを設置しました。

AED(自動体外式除細動器)とは、心臓がけいれんし血液を流すポンプ機能を失った状態(心室細動)になった心臓に対して、電気ショックを与え、正常なリズムに戻すための医療機器です。また、心臓の動き(心電図)を自動解析し、電気ショックが必要な方にのみ電気ショックを流す仕組みになっています。


設置に伴い、7月28日に専門の講師による講習会が開かれました。

内容 ○簡易な心肺蘇生法(胸骨圧迫) ○AED使用方法

皆、真剣に講習を受け練習をしました。

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境内の蓮

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先日の盂蘭盆会法要に参詣して下さった方が素敵な写真を撮って送ってくださいました。
とてもきれいな写真ですので、ここで披露させていただきます。↑
ありがとうございました。

上の写真の蓮は既に散ってしまいましたが、今、次々と蓮が咲いています。
今朝は白の「真如蓮」が開きました。↓

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お参りの際みていただいた方が「こんなに間近で蓮を見ることは無いので良いですね」と
おっしゃっていました。
大きな広い蓮池も素敵ですが、遊林寺の境内の蓮もお参りの際など是非ご覧ください。 恵美里



平成28年 盂蘭盆会 法話ダイジェスト

お盆のお参りです。暑い中をご苦労様です。 
  
さて、こんな暑い中を皆さんこうしてお集まりになって、先ほどは一緒にお勤めをしていただいたわけですが、このお盆の法要にお参りされることの意味を皆さんはどのように考えておられますか。つまり何故ここにきたのか、何のためにお参りをするのか、という、いわばお参りの姿勢ですね。この意味を訪ねていくことは、一番基本的なことでありながら、実は一番大事なところですのでじっくり考えてみましょう。

 まずは、このお盆法要は誰のためにあるのかを明らかにしておかなければなりません。 
これは大変に勘違いをされていることですが、法要は、「亡くなった方のためにある・先祖を供養するためにある」という考え方ですね。これは勘違いです。私たちが、亡くなった方のためにお経を読んであげる。お供え物をしてあげる。施す。という、つまり生きている者から亡くなった者へという方向です。「してあげるもの」としてお盆はある、と考えている。これはやはり勘違いですね。間違いです。
 だって迷っているのは私たちの方ですから。私たち迷うでしょ、悩むでしょ。嫌なことがあったら腹が立つし、悲しいことがあったら泣くでしょ。いろんなことに一喜一憂して振り回されて。そんな私たちが、すでに命を尽くして生を完結していかれた方に対して、何かをしてあげるなんてことはできないですね。 

これに対して親鸞聖人が私たちに示してくださっていることは、まさにこの逆で、死者から生者です。つまり、今現に生きている私たちのために法要はあるということです。すでに亡くなった方から、私たちがお参りされているのだと。これを「願いをかけられている」という言い方をします。私たちが願われているのだと。その願われている声を聞くことが、お盆法要にお参りをする大切な意味なんです。ですから、今日私たちは、先に亡くなられた方に連れられてお参りに来ているのだということが言えるわけです。 

では何を聞かせてもらうのか、何を学ばせていただかなければならないのか。 
それは私たちの、私自身の日頃のあり方です。私たちが日頃どのようにものを見て、考えて、受け止めているかを聞かせていただくのです。おもしろいですね。 
自分がどのようにものを考えているか、なんて自分のことですから簡単にわかっていそうなものですけどね。それをわかっていないのが私たち。何でもわかっている風にしていますけど実は何もわかっていないのが私たち。わかっていないこともわかっていないのが私たちです。 

私たちは一方の見方しか実はできていません。自分の立場から。自我の立場・都合の立場といっていい。自分が最優先ですね。そして、全てのものごとにレッテルを張る。自分の価値観によって、こっちが善で、こっちが悪、というように。 
つまり物事の全体というか、本質を見られていないということです。
 これは全てのことに言えることだと思います。喜・苦、健・病、得・損、富・貧、生・死。 
こっちは良いことで、こっちは悪いこと。分断して物事を捉えようとしてしまうわけです。 
一つの側面しか見ていない。そのものの本質を見ていない。 
それでいて、私たちは何もかもわかったようなつもりでいる。自分が正しいと思い込んでいる。 
そういう私の普段の在り方を知らされるということでしょう。 

私たちが当たり前のように正しいと思っていたこと。わかったつもりになっていたこと。 それが実は、ただ自分の都合で、一方の側面でしか見ていなかった。いい加減な見方しかできていなかった。ということを知らされるのです。 
それは言い方をかえれば、私の価値観が壊される。ということです。 
「私の日頃のあり方」「これが常識だ」と思っていた私の世界がひっくり返る。 
そういう「ひっくり返る瞬間」をいただくということが法要に出会うことの要(かなめ)です。 

ただこれは、ひっくり返るといっても転ぶわけではありません。今までずっと間違った考え方をして、すでに勝手にひっくり返っていた私が、その姿を知らされることで元に戻るんです。人としての正しいあり方に戻ることができるんです。この知らされた瞬間だけ。 
そしてこの一点(瞬間)をもって、「亡き人の声を聞いた」と言えるのではないでしょうか。 

どうか、このお盆にお参りするにあたって、皆さんそれぞれが、仏様から、祖先から、亡き人から、「願われている」ということを大事にしていただいて、普段の自分自身の在り方を問い続けていく歩みをしていただきたいと思います。

三島法遵

平成28年 盂蘭盆会

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平成28年7月24日
盂蘭盆会法要が執り行われました。
多くの方がお参りにきてくださいました。

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法話は副住職:三島法遵

境内の蓮

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平成28年7月5日今日の境内の蓮です
今年から新たに加わった種類の蓮がいち早く咲き始めています。
これから次々と咲いてくるでしょう。楽しみです。
午前中が見頃なのでお時間ある方は是非ご覧になってください。


↓ 「即非蓮」 きれいな濃いピンクの大きめの花です。明日がちょうど見ごろになるかも。
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↓ 「寿星桃」 昨日は、まさに桃のような丸いかわいらしいつぼみでした。
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↓そして今日 「寿星桃」 が開きました。白にピンクの縁取りで何重にもなった花びら。とてもボリューム感がある花です。
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毎日暑い日が続く中、今日はホッと一息つける涼しさですね。
皆さん体調にはくれぐれもお気を付けください。恵美里

特別聞法会「歎異抄」

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平成28年6月26日
特別聞法会「歎異抄」が開かれました。
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