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帰敬式


平成30年10月8日 帰敬式が執り行われました。
 
写真掲載の許可をいただきましたのでご紹介いたします。 

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親子お2人が新たに遊林寺仏弟子となられました。
おめでとうございます。

後日、欠席だったお母様からご自宅での勤行の様子の写真を送っていただきました。

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今後も一緒に真宗門徒として聞法に励み、真宗の生活を送っていきましょう。


遊林寺では帰敬式受式の相談を随時受け付けています。

帰敬式でお授けする法名は、事前にご相談の時間を設けますので、ご本人のお考えや希望の文字などお聞かせ下さい。
なお、命終の後にやむを得ず法名をお授けすることが多い今日の状況ですが、本来の意味から考えて生前に法名をいただくことが浄土真宗一門の基本と考えています。
どうぞ、ご相談ください。
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帰敬式


平成30年9月15日 帰敬式が執り行われました。
 
写真掲載の許可をいただきましたのでご紹介いたします。 
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娘さんの立ち合い元、お1人が新たに遊林寺仏弟子となられました。
おめでとうございます。
今後も一緒に真宗門徒として聞法に励み、真宗の生活を送っていきましょう。


遊林寺では帰敬式受式の相談を随時受け付けています。

帰敬式でお授けする法名は、事前にご相談の時間を設けますので、ご本人のお考えや希望の文字などお聞かせ下さい。
なお、命終の後にやむを得ず法名をお授けすることが多い今日の状況ですが、本来の意味から考えて生前に法名をいただくことが浄土真宗一門の基本と考えています。
どうぞ、ご相談ください。

帰敬式


平成30年5月8日 帰敬式が執り行われました。
 
写真掲載の許可をいただきましたのでご紹介いたします。 

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お1人が新たに遊林寺仏弟子となられました。
おめでとうございます。
今後も一緒に真宗門徒として聞法に励み、真宗の生活を送っていきましょう。


遊林寺では帰敬式受式の相談を随時受け付けています。

帰敬式でお授けする法名は、事前にご相談の時間を設けますので、ご本人のお考えや希望の文字などお聞かせ下さい。
なお、命終の後にやむを得ず法名をお授けすることが多い今日の状況ですが、本来の意味から考えて生前に法名をいただくことが浄土真宗一門の基本と考えています。
どうぞ、ご相談ください。

平成30年「はなまつり」法話ダイジェスト 『偉くないおしゃかさま』 法話 佐々木健太師

『偉くないおしゃかさま』

法話:佐々木健太師

(佐々木師は平成302月まで遊林寺の法務員であり、現在は『坊さんキッチンen』という飲食店を経営されています。)

 

花まつりと言えば「お釈迦さまの誕生日」です。

 

お釈迦さまの誕生日を通して私たち一人一人の「生まれた意義」を確認していくのがお寺で花まつりが勤まる大きな意味でしょう。

 

自分自身のことで振り返ってみれば私は小さいころから、なぜ生きているのだろうとか、本当の愛情、本当の友達って何だろうとか、そんなことを考えているちょっと変な子だったのかもしれません。

ですが、そういう疑問を問い続け、確認してきた人生が、幸運なことにそういった疑問に対して、しっかりと問い続けていく道(浄土真宗)に出会わせてくれました。

「生まれた意義」を確認していく道が見つかったのです。

 

どのようにしてその道に出会えたのかというと、

「人間困ったら反対側から考えてみろ」という言葉です。

 

例えばお釈迦さまの教えの中に

「天上天下唯我独尊」という言葉がありますが、

「いのちをいただいたこの世界の中で、尊い大事な一人として生きていく」という事です。

この言葉の中で、尊いということを考えみても、曖昧ではっきりしていませんでした。

ですが、反対側から考えてみたところ、

「尊いものとして生きていくには、尊いものとして生きていない自分を知ること」が、

生まれた意義を確認していく近道なのではないかと考えました。

 

「尊いものとして生きていない自分」。

それは「邪見驕慢の生きかたをしている自分である」と、

お釈迦様は教えてくださっています。

「邪見」とは、真理にそむいた見方や考え方のことで、自分の考えに固執する姿です。

「驕慢」とは、自分の知恵や財力を誇り、おごり高ぶる姿です。

この2つの心のあり方は

人の話を素直に聞こうとしないので、どこまでも自分本位の生き方になってしまいます。

正しいことなんて何にもわかってないのにわかったふりをして正義をかざすから、結果、相手の気持ちを知ろうともせず、喧嘩になってしまうのです。

「私もみんなも一緒に大事な人生を歩んでいくのだ」という世界を願いっているのに、願いとは違う世界を自ら作り出しているのです。

これでは「尊いものとして生きていく」ということは難しいのでしょう。

 

浄土真宗は「自分ほどあてにならない者はいない」ということを自覚する教えで、

親鸞聖人の残された和讃には次のようにあります。

「弥陀の名号となへつつ 信心まことにうるひとは 憶念の心つねにして 仏恩報ずるおもひあり」

南無阿弥陀仏と声に出しながら教えを喜んで聞いていく人は、南無阿弥陀仏の教えを思い起こすことが日常で、仏のご恩に感謝する心があるという和讃です。

 

本当に欲も深く自分の思いが強い私たちに、

「南無阿弥陀仏の教えを思い起こすことが日常」ということは難しいですけれど、だからこそ

「自分ほどあてにならないものはないことを知って、仏教を聞いていく生活をしてほしい」(憶念)と願われているのです。

「偉くないおしゃかさま」というテーマからわかるように、

お釈迦様だって何でもすぐに分かったわけではなかったようです。

何が正しいことなのかということを、常に確認しながら生き続けた人と言っていいと思うのです。

私たちと同じように悩み、苦しむこともあったでしょう。

ただ群を抜いて憶念の心が身についていたということだと私は思いました。

そう考えると、お釈迦さまも意外と私たちとの違いはなく、近くの存在であるように思えるのではないでしょうか。


ダイジェスト担当 横田晃英

「en」からお知らせ

平成30217日(土)開催の「en」ですが、会場が変更となります。

新会場は「坊さんキッチンen

小田急江ノ島線六会日大前駅東口出て目の前。住所は藤沢市亀井野1-8-15の2階です。

このお店は、遊林寺法務員の佐々木が平成301月にオープンしたお店です。

今後開催の「遊林寺en」もこちらの会場で継続していく予定です。

会費はお食事付きで一人当たり1500円、飲み物代は別途かかります。飲み物の料金は「坊さんキッチンen」のドリンクメニュー通りでお願いします。

要申込となりますのでお越しの方は前日までにこちらまでご連絡ください。

TEL 045-802-8874

メール yuurinji@gmail.com

 

お店のホームページ、ドリンクメニューの確認はこちらからどうぞ。

https://bosankitchen-en.amebaownd.com

 

 

よろしくお願いします。

 

担当 佐々木

平成29年報恩講 法話ダイジェスト

本年の報恩講も西教寺から靍見美智子先生にお越しいただきお話しいただきました。

その中の一部を編集し紹介いたします。


私の夫でもある西教寺の住職が今年8月に「いのちの世界(お浄土)」に還っていきました。亡くなったのが夏休み中の8月でしたので預かり保育の子供たちと一緒に「お誕生」の歌を歌いました。

 

お誕生」

理事長先生のお誕生

天上天下唯我独尊

あなたはあなたで

すばらしい

私は私ですばらしい

生まれてきたこと

おめでとう

 

※理事長先生とは亡くなった住職のことです。普段はその部分を子供の名前に変えて、お誕生日の歌として歌っています。

 

 

亡くなるということは、生まれてきたということでもあります。住職も大事な「いのち」を受け、たくさんの人たちとの関わりがあってその中で色々なことを教わってきました。

では、「いのち」とはいったい何なのでしょう。自分のいのち、という言葉を時々聞くことがありますが「いのち」と「自分」は別物です。

「自分」というのは私たちが頭で考えたものです。生まれてこの方色々なことを経験し良くも悪くも作られてきたものです。

それに対し「いのち」とは、どんな時でも一生懸命生きようとする。たとえ私が「もう生きていたくない」と思っても一生懸命生きようとします。「がんばれ、そうじゃないでしょ。しっかりしなさい。」と願い続けているはたらきです。

また、「いのち」とは多くのご先祖からつながってきたものです。人は亡くなったら「いのちの世界(お浄土)」へと還ります。それは亡くなったら仏さまとなり、いのちの世界から「がんばれ、そうじゃないでしょ。しっかりしなさい。」と私たちに願い続けるはたらきになるということです。例え独りぼっちだと私が思っても、たくさんの仏さまが私を応援してくれています。それが「いのち」なのです。


住職は亡くなる三日前に「人生、面白かった」「真剣だった」と細い息に力を込めて言いました。

その言葉を後で振り返った時に

「私は死ぬときにああすれば良かった。こうすれば良かった。と思うのだろうな。どうすれば思わないのかな。」と思いました。亡くなってなお私に生きる問いを与えてくれます。自らの死をもって真剣に生きることを考える場を与えてくれました。それを「仏のはたらき」と真宗ではいいます。

私たちは「真剣に取り組む」(住職の「真剣だった」の言葉を受けて)というと、「結果、何を成し遂げたのか」につなげたくなりますが、これは「何をしたか」ではなく、「何を考え、どう生きるか」ということです。

住職は「何を考え、どう生きるか」ということを仏教に聞きたずねながら生きたのだろうと思います。だからこそ、真剣だったと言えたのでしょう。自分のやらなければいけないことを決して自分の都合ではなく仏教の教えをもとに取り組んでいく。そういう大事なことを教えていただきました。

「自分はこう生きたが、あなたは、どうなんだ…」という大事な問いが私に残されました。

 

 

ダイジェスト担当 佐々木健太

特別聞法会「歎異抄」 

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平成29年8月20日 特別聞法会「歎異抄」が開かれました。


 次回の開催は12月24日(日)14:30~ 予定しております。

帰敬式


平成29年6月30日 帰敬式が執り行われました。
 
写真掲載の許可をいただきましたのでご紹介いたします。 
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娘さんご夫婦の付添いのもと、お2人が新たに遊林寺仏弟子となられました。
おめでとうございます。
今後も一緒に真宗門徒として聞法に励み、真宗の生活を送っていきましょう。


遊林寺では帰敬式受式の相談を随時受け付けています。

帰敬式でお授けする法名は、事前にご相談の時間を設けますので、ご本人のお考えや希望の文字などお聞かせ下さい。
なお、命終の後にやむを得ず法名をお授けすることが多い今日の状況ですが、本来の意味から考えて生前に法名をいただくことが浄土真宗一門の基本と考えています。
どうぞ、ご相談ください。

平成29年 新盆法要

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平成29年8月6日 新盆法要が厳修されました。
暑さ厳しい中多くの方が参詣されました。

平成29年 盂蘭盆会

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平成29年7月23日 盂蘭盆会が厳修されました。
暑さがやわらいだ日でもあり、多くの方が参詣されました。

法話は東京教区順正寺 江口貫正師
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